ヤマイダレの歌

 世の中そんな明るいほうに進んでいるとは思えないけれど、それだからこそせめて、物語の世界では楽しい話や面白い話に没頭したい。それは当然の流れで店頭で娯楽小説が売れているのはよくわかる。しかし、それだけではないのが文学の世界であり、特に多彩なジャンルを含む小説の中でもとりわけ異彩を放つのが私小説。数年前に再燃した私小説ブームはいつの間に鎮火し、それは毎回のことであるが、決して大衆受けすることなく、ある一定のコアなファンに支持されるだけで、場合によっては作家の存在もきかなくなる。
 私小説とは作品の内容もそうであるように苦悩の文学なのだ。地味で暗い話が多い。それはむしろ現実の社会を反映しているはずなのだが、その暗さや惨めさが非常に個人的で、かつ利己的なため、物語においてよくいわれる感情移入や共感という次元には行きにくい。
「幸せな家庭は似通っているが不幸な家庭はどこも不幸のおもむきが異なっている」といわれるように不幸は人の数だけあって、顔も知らない物語の主人公の不幸などには蜜の味などしない。
 平成の私小説作家の代表である西村賢太初の長編小説。芥川賞受賞作「苦役列車」の続編となる。主人公19歳から20歳になる北町貫多。この作家の作品の主人公は決まって貫多である。どこから出版されようが、ずっとこの貫多の物語である。もちろん性格も、そして風貌も、作家本人のイメージだが固定されている。それは読み続けると不思議に、このどうしょうもないはずの貫多に親近感がわき、愛くるしくさえ思えてくる。
 今回は、造園会社に働き始めた貫多はこれまでの仕事への態度とはうって変わって、真面目に働く。ところが恋に破れ、いつもなら自暴自棄になるはずの彼はある作家の本と出合うことで救われていく。彼はその本によって世の中の不条理に堪えるのだ。一連の貫多サーガのなかでも、最高に心温まる物語でもある。貧しく、心が荒んでいきそうな人間に、本という救いの神が手を差し伸べる。本との偶然の出合いが人生を変える奇跡。本の力を信じる者にはきっと心に響くはずだ。本との良い出合いは不幸な人生を送っていたとしても平等に、いや本を愛する気持ちがあれば、必ず巡り合えるのだ。不幸だからこそ現状打破にむけて本を渇望する。本との良い出合いはむしろ不幸なほど多い。本という強い味方を見つけた貫多が今後、どういう人生を歩んでいくのか楽しみである。また本書には貫多の命名の由来や装画が私小説ファンにはたまらないサプライズとなっている。
 ある一人の男の強烈なキャラクターによって巻き起こした風変わりな人生の遍歴だが、ここにははっきりと恵まれない境遇や厳しい環境に負けない生命力がみなぎっており、生きる術を学べる。今、必要な物語はただ楽しいだけの小説だけではなく、むしろ苦しみの文学に光明を導き出すことも時にはあってもいいのではないか。少なくとも私の読書の中で、今後も私小説は外せない。

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