闇に香る嘘

真夏の文学賞といえば、江戸川乱歩賞。今回で還暦の60回を迎える。これまで、江戸川乱歩賞はその名を汚すことなく後世に名作を誕生させ、新人ミステリー作家の登竜門として、その後、受賞者が大きく飛躍しべストセラーを連発する作家も多く輩出している。今回の受賞者下村敦史氏は8回の落選し、9回目の作品での受賞となった。並みの作家志望者だったら8回もの落選であきらめるところでしょう。江戸川乱歩賞がそうさせるのか、作家への執念なのか、いずれにしろ到底、常人では及ばない精神力の持ち主。そして8年の創作は、作家としての土台を作り上げた。この賞は東野選考委員がまさにそうであったように数回の落選歴はむしろ次へのステップになる。他の賞にはない独特の落選者への暖かいまなざしがある。詳しくは知りえないが、数年越しで応募し続ける者も多いのだろう。ここまで挑戦しようと思わせる文学賞が他にあるだろうか。選考委員と版元の情を感じずにはいられない。
今回の受賞作品は長い年月が経っているだけに、その執念なるものが作品に投影されている。年齢的はまだまだ若い作家ではあるが、中国残留孤児問題を題材にしているところからも、相当な文献をあたり、当事者への取材はもちろん、歴史に対する熟考を重ねている。なによりも現在、中国との国際関係が険悪な中で、この残留孤児問題は歴史の一端においてむしろ美談となっている。しかし、あの時感動的に再会した兄が実は人違いだったという疑問は当然あったはずであり、まさにある家族の歴史の盲信から始まるこの物語なのだ。そしてさらにいえば主人公が盲人。そのハンデキャップにより、苦悩し、問題の解決は難航する。視覚的に見えないという、もうひとつのくもりが読者の前に現れるのだ。人生に霧が立ち込め、視界が遮ぎられたなかで、最後の最後にまさかの盲点をつく形で謎が明かされ、すべてが一気に晴れることになる。
3つの”盲”による仕掛けからもわかるようにこの物語はよく練られている。まさに日中関係が暗い闇の中を彷徨っているように、、見えないながら悪戦苦闘する主人公が最後まで真実をあきらめずに明らかにする姿勢と、著者自身の作家への執念がひとつの結晶となった作品。今後の作品も期待したい。

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