店長の読書日記

 この物語の冒頭は主人公である女の痛ましい最後の姿を伝える記事から始まる。私たちは現実の世界でも毎日のようにメディアによって伝えられる殺人事件を見聞きしているため、完全に事件慣れしているので簡単には驚かなくなっているのだが、飼っていた猫に喰われ、白骨化したこの死体はさすがにショッキングなものとして想像してしまう。現実に日々事件が起こり、フィクションでミステリー好きであろうものなら、現実と空想の間で常に事件が起こり、、感覚が麻痺してくる。リアルな事件は、いつも起こっている事件のほんのひとつにすぎないと感じ、物語では当事者になりきるため、事件が残虐であればあるほど、話にのめり込み、さらにもっと先を進むにつれて過激度が増すことを望んでしまう。
 この死体である主人公・鈴木陽子が悲惨な死に方を遂げるまでの彼女の人生が語られていく。事件ノンフィクションの感覚で読み進める。ところが彼女の生い立ち、育ち、暮らしがわかっていくうちに、彼女の人生が決して不幸の塊だったわけでないことに気づく。逆に成功もしている時期もある。彼女はどこで歯車が狂ったのか、あるいはどの選択を間違ったのか。転落でも、堕落でも、決して運がなかったわけでなく、不美人でも、ハンディがあったわけでもない。読む者にとって鈴木陽子が遠い存在ではなく、むしろ自分に近いかもしれない普通の女であり、それはやがて彼女の苦しみを共有していくようになる。
 彼女の周りにいた人は、人のようでいて人ではなかった。出会った人が普通の顔をして、人の幸せを喰う悪魔だった。幾多の困難をどんなに孤独でも、苦しくても乗り越えてきた彼女の強さが、反って、彼らに力を与えた。あの時、「やめて」と絶叫していれば、きっと救われていたかもしれない。
 彼女の絶叫と私の絶叫がいつしか誰にも届かない絶望へと変わったとき、心が裂かれるように震えだす。ふと我に返ってこの事件が空想であってよかったと安堵する一方で、実際に起きた事件だったのかもしれないと苦悶した。今年の収穫となった1冊。

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絶叫 葉真中顕 光文社

 

この衝撃的な書名、そして帯にある896自治体に区分された日本地図の消滅ハザードマップ。まずは自分の住む自治体が存続できるのか確認せずにはいられなくなる。さらにこの地図の警告赤印が示す箇所が日本地図の実に3分の1以上もあることに驚く。本書は出生率の低下、人口減による、日本の将来の統計的な推移を示すのだが、特徴的なのが若年女性の人口の予測から算出していること。そもそも人口将来統計は、経済や政治の統計に比べて格段に数値が的確だという。そしてこのままの出生率では日本の人口が2100年には明治維新期の水準で約4千900万人になると導き出されている。
今、高齢者が増えているといわれるけど、その高齢者もやがて減り、若者は都会に出るというのは今も変わらず、むしろさらに加速する。都市部への人口集中と、若年女性の人口減少。この問題は大変に深刻な状況に向かっている。にもかかわらず、政府の対策やビジョンが見えてこないのが現状である。
きわめつけが巻末の市区町村別の将来推計人口の予測値である。あまりにマイナス値が高い市町村に住んでいる人々が将来を悲観して地方を捨ててしまう危険も否定できない。
あの里山資本主義の藻谷さんも、そもそも人口の変動からデフレの実体を書いた「デフレの正体」(角川ワンテーマ21)で名声を世に知らしめた人で、本書の増田さんもアプローチは同じであり、地方創生と叫ばれているが、理想とはまったく逆で人口減から地方は消滅へと進んでいる。失われた20年で実は最も国に大きな損失をもたらすことはこの問題への対応遅れではないのか。
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地方消滅  中公新書 中央公論新社

 世の中そんな明るいほうに進んでいるとは思えないけれど、それだからこそせめて、物語の世界では楽しい話や面白い話に没頭したい。それは当然の流れで店頭で娯楽小説が売れているのはよくわかる。しかし、それだけではないのが文学の世界であり、特に多彩なジャンルを含む小説の中でもとりわけ異彩を放つのが私小説。数年前に再燃した私小説ブームはいつの間に鎮火し、それは毎回のことであるが、決して大衆受けすることなく、ある一定のコアなファンに支持されるだけで、場合によっては作家の存在もきかなくなる。
 私小説とは作品の内容もそうであるように苦悩の文学なのだ。地味で暗い話が多い。それはむしろ現実の社会を反映しているはずなのだが、その暗さや惨めさが非常に個人的で、かつ利己的なため、物語においてよくいわれる感情移入や共感という次元には行きにくい。
「幸せな家庭は似通っているが不幸な家庭はどこも不幸のおもむきが異なっている」といわれるように不幸は人の数だけあって、顔も知らない物語の主人公の不幸などには蜜の味などしない。
 平成の私小説作家の代表である西村賢太初の長編小説。芥川賞受賞作「苦役列車」の続編となる。主人公19歳から20歳になる北町貫多。この作家の作品の主人公は決まって貫多である。どこから出版されようが、ずっとこの貫多の物語である。もちろん性格も、そして風貌も、作家本人のイメージだが固定されている。それは読み続けると不思議に、このどうしょうもないはずの貫多に親近感がわき、愛くるしくさえ思えてくる。
 今回は、造園会社に働き始めた貫多はこれまでの仕事への態度とはうって変わって、真面目に働く。ところが恋に破れ、いつもなら自暴自棄になるはずの彼はある作家の本と出合うことで救われていく。彼はその本によって世の中の不条理に堪えるのだ。一連の貫多サーガのなかでも、最高に心温まる物語でもある。貧しく、心が荒んでいきそうな人間に、本という救いの神が手を差し伸べる。本との偶然の出合いが人生を変える奇跡。本の力を信じる者にはきっと心に響くはずだ。本との良い出合いは不幸な人生を送っていたとしても平等に、いや本を愛する気持ちがあれば、必ず巡り合えるのだ。不幸だからこそ現状打破にむけて本を渇望する。本との良い出合いはむしろ不幸なほど多い。本という強い味方を見つけた貫多が今後、どういう人生を歩んでいくのか楽しみである。また本書には貫多の命名の由来や装画が私小説ファンにはたまらないサプライズとなっている。
 ある一人の男の強烈なキャラクターによって巻き起こした風変わりな人生の遍歴だが、ここにははっきりと恵まれない境遇や厳しい環境に負けない生命力がみなぎっており、生きる術を学べる。今、必要な物語はただ楽しいだけの小説だけではなく、むしろ苦しみの文学に光明を導き出すことも時にはあってもいいのではないか。少なくとも私の読書の中で、今後も私小説は外せない。

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真夏の文学賞といえば、江戸川乱歩賞。今回で還暦の60回を迎える。これまで、江戸川乱歩賞はその名を汚すことなく後世に名作を誕生させ、新人ミステリー作家の登竜門として、その後、受賞者が大きく飛躍しべストセラーを連発する作家も多く輩出している。今回の受賞者下村敦史氏は8回の落選し、9回目の作品での受賞となった。並みの作家志望者だったら8回もの落選であきらめるところでしょう。江戸川乱歩賞がそうさせるのか、作家への執念なのか、いずれにしろ到底、常人では及ばない精神力の持ち主。そして8年の創作は、作家としての土台を作り上げた。この賞は東野選考委員がまさにそうであったように数回の落選歴はむしろ次へのステップになる。他の賞にはない独特の落選者への暖かいまなざしがある。詳しくは知りえないが、数年越しで応募し続ける者も多いのだろう。ここまで挑戦しようと思わせる文学賞が他にあるだろうか。選考委員と版元の情を感じずにはいられない。
今回の受賞作品は長い年月が経っているだけに、その執念なるものが作品に投影されている。年齢的はまだまだ若い作家ではあるが、中国残留孤児問題を題材にしているところからも、相当な文献をあたり、当事者への取材はもちろん、歴史に対する熟考を重ねている。なによりも現在、中国との国際関係が険悪な中で、この残留孤児問題は歴史の一端においてむしろ美談となっている。しかし、あの時感動的に再会した兄が実は人違いだったという疑問は当然あったはずであり、まさにある家族の歴史の盲信から始まるこの物語なのだ。そしてさらにいえば主人公が盲人。そのハンデキャップにより、苦悩し、問題の解決は難航する。視覚的に見えないという、もうひとつのくもりが読者の前に現れるのだ。人生に霧が立ち込め、視界が遮ぎられたなかで、最後の最後にまさかの盲点をつく形で謎が明かされ、すべてが一気に晴れることになる。
3つの”盲”による仕掛けからもわかるようにこの物語はよく練られている。まさに日中関係が暗い闇の中を彷徨っているように、、見えないながら悪戦苦闘する主人公が最後まで真実をあきらめずに明らかにする姿勢と、著者自身の作家への執念がひとつの結晶となった作品。今後の作品も期待したい。

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