店長の読書日記

 春の訪れは、冬の長い雪国にはとかく待ち遠しい。暖かさに向かう四季の移り変わりは、青空のような明るさをもって私たちを解放してくれる。ただ、コロナによって、春への高揚感は、いつもと違う。コロナは繰り返す波のごとく、収まっては、また拡大し、長期化するなかで、私たちの生活や感情は、どうにも落ち着かなくなっている。心は蝕まれているようにさえ感じる。
このコロナ禍での違和感や閉塞感、不自由さは、川上末映子の最新刊「春のこわいもの」にも存在する。コロナに感染したのか、隔離病棟と思われる場所で思いめぐらせる女や、仲良くなった男女の生徒への学校生活に訪れる突然の休校など、コロナ禍を想起させる場面が何度も出てくる。コロナに慣れていくことで取り戻しつつある、日常の幸せを、他人と長く会話することすら、普段に増して喜びの感情となる。ただ、ふと現実に戻るとき、不安や喪失感、やり場のない感情などはより激しく蠢くようにも思える。ここに登場する男女6人は、まるでSNSでつぶやいているかのようなスピードで感情を吐露するところが印象に残る。
 本書をコロナ文学と括れることは容易にはできないが、ここにあるのは、コロナ禍で必死に、もがきながら生きる私たちである。そして、登場する彼らの感情にいくつかの共感を見出すことができる救済の文学といえるかもしれない。

 「高瀬庄左衛門御留書」は、2021年代表する時代小説であることは間違いない。各紙の書評あるいは各賞受賞と、多くの読者から支持を得た。私も昨年読了したとはいえ、まだ記憶に新しい。いや、記憶に新しいどころか、感動の余韻がいまでも残っている。注目作家となった砂原浩太朗氏が早くも2作目を刊行した。何よりもまず心の高揚が抑えられなかったのが、1作目に続き、神山藩の物語であるということ。つまり、神山藩がシリーズとして続いていくことへの喜びがある。やはり、時代小説は、単発よりも、シリーズを望む。それも優れた作品であれば、なおのことである。時代小説の読者なら、現在進行形で、数々の藩と主人公たちが、心の中で生きている。そこに、あの庄左衛門たちがいる神山藩が加わる。2作目には、1作目に登場した人物が出てくるのだが、それも予想しない形で不意打ちのような登場は、前作の記憶を呼び覚ましてくれる。時代小説に限らず、シリーズものを読むときの楽しみのひとつである。
 ただ、本編は、同じ神山藩ではあるが、1作目とは違う黛家の3兄弟の物語となる。家督を継ぐ長男、大目付の黒沢家に婿入りする三男。そして次男は・・。悪友たちと女郎へ出入りする。黛家のライバルとなる漆原家の嫡男との因縁が、やがて、最悪の事態を招く。次男を案じる兄弟たちと、思わぬ形で合いまみえる。憎しみ合わずとも、3兄弟には、それぞれの試練が立ちはだかる。とかく、裁きを業とするようになった三男には、大きな決断を迫られる。若き日から、晩年にいたるまでのこの黛家の兄弟の辿る道は、決して平端ではない。若き藩士がたくましくも成長していく姿に引き込まれながらも、本篇に通底する「生きる切なさ」に、私は幾度も涙を拭った。再び多くの読者を得て、圧倒的な支持される(売れる)シリーズ作品になることを願う。

講談社 黛家の兄弟 砂原浩太朗

2017年7月10日、忘れもしない湊先生が当店でサイン会を行った日である。あれからもう約1年が過ぎようとしている。あの時、先生は、新作を執筆中とのことで、いつ発売されるのだろうかとずっと気になっていた。それは私だけではなく、全国のファン、業界全体で、湊先生の新刊を待ち望んでいたと思う。そうはいっても新刊は、47都道府県サイン会ツアー終了して落ち着いたころからになるのだろうかと勝手に想像していた。それがこんなにも早く新刊の発売が来るとは、それも書き下ろしで。

多くの期待をのせ、5月18日「未来」は発売された。とにかく心待ちにしていたのでうれしかった。それも作家10年周年記念作であり、かつデビュー作「告白」が出版された双葉社からの刊行と、もう読む前から、傑作の条件が揃っているかのようで、興奮した。

読みながら、サイン会の当日、限られた時間の中で、多くの読者の方と、優しく会話した先生を思い出した。そしていまなお全国で、読者とベストセラー作家の温かいやりとりが続いていると思うと、とても感慨深い。こんなことをした作家はこれまでにいただろうか。自らの行動によって、読者と顔を合わせ、全国をまわって本を売る地道な活動。先生の、読者、書店を大切にしてくれるその想いは、サイン会を行い、少なからず関係したものとしては、今なお消えないメッセージとして心に残っている。

内容にはあえて触れずにするが、これはもう湊先生の10年を凝縮した最高傑作である。先生の才能はもはや計り知れない。多くの方に読んでもらいたいし、もちろん映像化も期待している。湊先生はあらゆる世代から支持される国民作家となったといえる。それを全国ツアーという行動で示し、本書の完成度をもって、証明している。まさにエンタメ小説の最高峰の頂きに登りつめた記念碑的な作品である。

未来 湊かなえ 双葉社

 この物語の冒頭は主人公である女の痛ましい最後の姿を伝える記事から始まる。私たちは現実の世界でも毎日のようにメディアによって伝えられる殺人事件を見聞きしているため、完全に事件慣れしているので簡単には驚かなくなっているのだが、飼っていた猫に喰われ、白骨化したこの死体はさすがにショッキングなものとして想像してしまう。現実に日々事件が起こり、フィクションでミステリー好きであろうものなら、現実と空想の間で常に事件が起こり、、感覚が麻痺してくる。リアルな事件は、いつも起こっている事件のほんのひとつにすぎないと感じ、物語では当事者になりきるため、事件が残虐であればあるほど、話にのめり込み、さらにもっと先を進むにつれて過激度が増すことを望んでしまう。
 この死体である主人公・鈴木陽子が悲惨な死に方を遂げるまでの彼女の人生が語られていく。事件ノンフィクションの感覚で読み進める。ところが彼女の生い立ち、育ち、暮らしがわかっていくうちに、彼女の人生が決して不幸の塊だったわけでないことに気づく。逆に成功もしている時期もある。彼女はどこで歯車が狂ったのか、あるいはどの選択を間違ったのか。転落でも、堕落でも、決して運がなかったわけでなく、不美人でも、ハンディがあったわけでもない。読む者にとって鈴木陽子が遠い存在ではなく、むしろ自分に近いかもしれない普通の女であり、それはやがて彼女の苦しみを共有していくようになる。
 彼女の周りにいた人は、人のようでいて人ではなかった。出会った人が普通の顔をして、人の幸せを喰う悪魔だった。幾多の困難をどんなに孤独でも、苦しくても乗り越えてきた彼女の強さが、反って、彼らに力を与えた。あの時、「やめて」と絶叫していれば、きっと救われていたかもしれない。
 彼女の絶叫と私の絶叫がいつしか誰にも届かない絶望へと変わったとき、心が裂かれるように震えだす。ふと我に返ってこの事件が空想であってよかったと安堵する一方で、実際に起きた事件だったのかもしれないと苦悶した。今年の収穫となった1冊。

33165933[1]
絶叫 葉真中顕 光文社

 

この衝撃的な書名、そして帯にある896自治体に区分された日本地図の消滅ハザードマップ。まずは自分の住む自治体が存続できるのか確認せずにはいられなくなる。さらにこの地図の警告赤印が示す箇所が日本地図の実に3分の1以上もあることに驚く。本書は出生率の低下、人口減による、日本の将来の統計的な推移を示すのだが、特徴的なのが若年女性の人口の予測から算出していること。そもそも人口将来統計は、経済や政治の統計に比べて格段に数値が的確だという。そしてこのままの出生率では日本の人口が2100年には明治維新期の水準で約4千900万人になると導き出されている。
今、高齢者が増えているといわれるけど、その高齢者もやがて減り、若者は都会に出るというのは今も変わらず、むしろさらに加速する。都市部への人口集中と、若年女性の人口減少。この問題は大変に深刻な状況に向かっている。にもかかわらず、政府の対策やビジョンが見えてこないのが現状である。
きわめつけが巻末の市区町村別の将来推計人口の予測値である。あまりにマイナス値が高い市町村に住んでいる人々が将来を悲観して地方を捨ててしまう危険も否定できない。
あの里山資本主義の藻谷さんも、そもそも人口の変動からデフレの実体を書いた「デフレの正体」(角川ワンテーマ21)で名声を世に知らしめた人で、本書の増田さんもアプローチは同じであり、地方創生と叫ばれているが、理想とはまったく逆で人口減から地方は消滅へと進んでいる。失われた20年で実は最も国に大きな損失をもたらすことはこの問題への対応遅れではないのか。
33138400[1]
地方消滅  中公新書 中央公論新社

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